ブログに対する考え方02

「本音」について書きます。

人の本音とは、偏った考えだと思います。おそらく、公正な本音を持っている、そんなNHKのような人はいないでしょう。でも、ある程度大人になるとその偏りを客観視できるようになり、補正を行います。そうして出来るのが「建前」だと思うのです。

例えば、俺が思うブログに対する本音は、「もっとみんな激しい本音を書けばいいのに。」であり、建前は、「まあ、みんな自由にブログを使えばいいんじゃない?」、なわけです。しかし、ネット上にこの考えを載せると、「建前=ウソ」「本音=本当」という風に捉えられてしまい、俺の考えは「もっとみんな激しい本音を書けばいいのに。」だけと受け取られてしまいます。こうなる原因として考えられるのは、情報量が多過ぎるせいで、より簡単に他者を捉えようとする余り、その人の意見を単一にしてしまう、というようなことでしょう。きっとオフラインでよく話し合ったなら、こんなことは起きにくいと思います。

じゃあ逆に、オフラインでの会話がそんなに素晴らしいものかというと、俺はそう思いません。「売り言葉に買い言葉」というように、会話には、相手の意見を聞いて自分の考えを整理する、という時間が余りにも少ないと思うからです。人と話していると、いつの間にか自分の意見と違ったことを喋っているという経験はないでしょうか。

また、会話には必ず相手がいます。なので、その相手に気を使わなければならないというデメリットもあるでしょう。例えば、明らかにカツラの人の前で、カツラの話は口が裂けてもできないように。その点、ブログならば不特定多数に向けて書いているわけですから、たとえそのカツラの人が読んでいたとしても、内容次第で書くことはできます。もちろん、会ったその日とかは無理でしょうけど。

つまり、「会話ではバイアスのかかった本音しか出せない」のに対して、「ブログではニュートラルな本音が出せる」ということが言いたいわけです。

ただし先程書いたように、ブログでは書き手の考えが上手く読み手に伝わらない、という問題があります。なにしろ書き手はただの素人なわけですから。しかし、ローカルなブログなのだから、俺はそれでもいいと思っています。例えば、メジャーなブログでは誤解されると面倒なことになったり、ローカルであっても掲示板等では過ぎた論争になったりしますが、俺がこのブログで何を書いても、所詮は「しがない大学生の独り言」にしかならないでしょう。それは確かに甘えかもしれません。でも、それ以上に得られるものがあると思うのです。書き手側にも読み手側にも。

このブログを読んで「何かを得た」と思う人には納得して貰えるでしょうし、もし「何も得てねえゼ」と思う人には、「何かを得た」と思える位のことをこれからお見せできたらと思っています。